本の終りの方に、製作者年表のような章があり
下の写真と、【Porzellanpfeife】なる文字がありました。
写真番号97:黄褐色の彩色陶製パイプ,ヨハン・ヤコブ・シュミット製陶工場(ウルム)で製造(AntonManger(1998)p94から転載)
表面の木目が≪どう見ても本物の木≫に見えて、しかも写真の周囲りで活字を探してみても写真に関する記事が無い! 写真もモノクロなので、つい≪きっと、火皿が陶製だろう≫くらいで簡単に済ませよう・・・と思いつつ、念のため次のページに眼を向けるとその大半がこのパイプの話題一色でした(笑)
上のサンプルは現在のところ、見つかっている唯一の陶製ウルムクローベンで、著者マンガー氏のいる"ドイツ煙草パイプ博物館"に展示されているそうです。ただし同博物館のHPでは見物できません。 なお、Otto氏の本のタイトルにあったレーンRohnは、この博物館がある地域名のことのようです。チューリンゲン州の南西に隣接している小さな細長い区域で、レーン山地という山域の名としても使われています。ドイツの地名あるいは地域名は、同名が混在していて外国人にはイライラの種です(笑)。
なにはともあれ、このトピックを逃しては本の紹介にならないので、部分訳を下に掲載します。
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(仮)章題 ”ウルムとその周辺域におけるパイプ製造者*たち”
-Pfeifenhersteller in Ulm und Umgebungから
ウルムの陶器製パイプ!それはウルムパイプ製作の歴史の一部である。
( と云う書き出しで始まります)
殆んど知られていないことだろうが、ウルムには一つの製陶工場があった。但しそれは1827〜1833年という、ほんのわずかな期間にだけ存在した。このパイプがこの期間に作られたと云う事を広く知らしめることは、非常に重要なことである。
その製陶工場の所有者ヨハン・ヤコブ・シュミット<1>は、1787年3月17日にルートヴィッヒッスバーク<2>で生まれた。彼は初めは商人で、ドイツ、フランス、ロシアを旅してまわった。
世故に長けた彼は、1826年に黒牛<3>と云う名をもつ旅館の娘であるフリーデリケ・カタリーナ・シャイラー<4>とウルムで結婚した。結婚後のある年に、彼は"ヨハン・ヤコブ・シュミット製陶工場<5>"を創業し、主に日常的な食器類を作った。また、この工場では子供や働く人を模した置物や花瓶なども作った
以下に述べることは、すべてのパイプ収集家の興味を惹くかもしれない:
この会社は陶製パイプも製造した。レーン地方オーバレスバッハ<6>にある ”ドイツ煙草パイプ博物館<7>" には、この工場で作られてウルムクローベンの形をした一つのパイプが展示されている(Abb.Nr.97)。この陶製のウルムクローベンには、表面に黄褐色の木目模様が付けられている<8>。 そして表面の光沢により直ちに陶製パイプであることが分る。 このパイプは"ウルムクローベン”と同じ形をしており、銀製の蓋と銀製の鎖が付けられ、時代に合った角製の柄が挿してある。これは今までに知られていない非常に珍しいもので、どんな収集家のコレクションにも、どこの博物館でもこの種のパイプは未だ観ることができない。