ウルムパイプ#40: 陶製のウルムクローベン
2011-10-28


 ハンガリアン形あるいはハンガリアンのような形をした陶製パイプもこの工場で作られた。パイプの標本には殆んどの場合"Ulm"という表示が鋳型で付けられ、その下に直立体か斜体の”S”が刻字されている。しかし単にS字だけの場合もある。
 1833年、利益が上がらなくなった訳では決してなく病気のため、ヨハンは彼の会社を生産停止にしたに違いない。ボーデン湖畔イーバーリンゲンの傍で、彼は自分の健康状態に応じて農作業に没頭した。1862年フリードリッヒシャフェン<10>に死す。
 Anton Manger:"Die beruhmten Ulmer Maserholzpfeifen",1998.pp94-95より.

   
参考:人名,その他固有名の綴り
1.Johann Jacob Schmidt,自身も”パイプ職人”だったかについては記述がありません
2.Ludwigsburg,3. "Zum Schwarzen Ochsen",4.Friedricke Katharina Schaller,5."Die Ulmer Porzallenfabrik Johan Jacob Schmidt",6.Oberelsbach/Rhon,
7."Deutschen Tabakpfeifenmuseum",8.≪・・に木目模様をつける≫と云う意味を一語で表す動詞maserenが使われています。 名詞Maserが元になった他動詞、ドイツ人も木目(杢)が好きなのでしょう。9.Uberlingen,10.Friedrichshafen.
*この章では、実際にパイプを彫った(らしい)職人個人を指してPfeifenmacherと書いてありま す。仮章題の”製造者たち”の原語はPfeifenherstellerで、経営者も含むような≪パイプ作り に携わる関係者たち≫と云った広い意味で使われています(Manger氏の書き方では)。 これまでにも留意して区別したつもりですが、その場限り。ブログ全体で統一できてい るかどうか、当事者にも分りません(笑)。     以上

余談】 −ウルムパイプが似合う!
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 『農夫や猟師もパイプ無しではいられない』 AntonManger(1998),p29より


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『日曜パイプ』 AntonManger(1998),p94より

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『リースRies出身でハンガリー風の有杢パイプをもつ農夫』 AntonManger(1998),p25より  *Riesはオーストリアに隣接、リンツに近い.
 
 

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[ウルムのパイプ]

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